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鹿児島地方裁判所 昭和48年(わ)5号 判決 1977年3月31日

被告人 坪山忠 外二名

主文

被告人坪山忠を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人森山一博・同坪山常雄はいずれも無罪。

理由

(本件犯行に至る経緯)

一、鹿児島県は、昭和四六年一二月、新大隅開発計画(仮称)を発表したが、これは鹿児島県肝属郡東串良町柏原地区沖合に石油精製・石油化学工業を配置することを中心に志布志湾における工業開発を基幹としたものであつたため、右柏原地区住民の間で、右計画案に反対するため「柏原地区石油コンビナート絶対反対期成同盟」(以下単に同盟という)が結成され、そのころ、被告人三名はいずれも同盟構成員となり、被告人坪山忠は同盟実行委員長・同森山一博は同教宣部長となった。そして、同盟により反対署名運動および東串良町議会への反対陳情案の提出などの運動が展開された。東串良町(以下、単に町という)は、「大隅開発対策特別委員会」(以下、単に特別委員会という)を設置し、右陳情案を付託した。同四七年六月二八日開催された特別委員会の席上、委員長において表決方法につき誤りがあつたため、特別委員会の表決結果に対し傍聴人らから野次がとび議場が混乱したりしたが、結局、翌六月二九日午前四時ころ、特別委員会委員長が「反対陳情案は採択することに決定した」旨の文書を読み上げたため、同盟員らは、特別委員会においては、反対陳情案件は採択されたものと理解し、次期本会議に上提され、議決されるものと期待していた。

二、同年九月二六日には第三回定例町議会開催が予定されていたため、同日午前一〇時前ころ肝属郡東串良町川西一、五〇五番地所在の町議会議事堂前付近には、同盟員および支援労組員らが約三〇〇名程度集合し集会を開き、またうち三〇名は議会傍聴席に入り、反対陳情案件の本会議での議決を待ち受けていた。同盟員らは、本会議の開会された午前一〇時ころ反対陳情案件が当日の議事日程に入れられていないことを知り、議長に対し議事日程に追加するよう要求し議場は混乱したため、議長は午前一〇時三〇分ころ、結局、延会を宣し、議会側と同盟員らとの間で反対陳情案件を議事日程に追加するか否かの折衝が行なわれ、その過程で、私服警察官四名の議会事務室潜入の事実が明るみに出たり、機動隊が出動したとの誤報が流れたりして、右交渉は長時間に亘つたものの、当日午後九時三〇分ころ、議会としては、本会議再開と反対陳情案件についての委員長報告を議事日程に追加することを決定したので、同盟員らは、本会議再開を待ちうけていた。

同日午後一〇時一五分、宮地栄議長早退のため、横川副議長が議長席に着き、本会議が再開され、数個の案件が審議された後、議長が特別委員会委員長の中間報告を議題として追加することをはかつたうえ議題として追加された。

(罪となるべき事実)

同日午後一〇時二〇分ころ、前記場所所在町議会議場内において、議長席にいた横川副議長が、特別委員会委員長の中間報告を求め、病気欠席中の同委員会委員長堀口一人に代つて同委員会副委員長上園政夫議員(当時六二年)が議長の指名により委員長代理として議長席前の演台に立ち、議長席に向つて「委員長代理として中間報告を申上げます。特別委員会と致しましては継続審議と決定致しておりますので、以上ご報告申上げます」と発言するや否や、傍聴席およびその付近にいた同盟員支援労組員らは、六月二八日の特別委員会における審議結果は、採択と決定されていたものと理解していたため、上園議員が虚偽の報告をなしたものとして、各人が憤激のあまり、思わず抗議の声を上げながら、被告人三名らを先頭にして次々と傍聴席の窓桟を飛び越えて議場内に入り、被告人らが演台にいた上園議員の近辺に至り、同人に対し「何故継続審議と報告するのか」と抗議をなしていたところ、上園議員の周辺には同盟員ら多数が急速に集まつたため、同議員はその背部から押され、演台の約一・三メートル右後部付近に位置していた瀬戸上義弘議員の机に倒れかかり間もなく立直ったものの、同盟員らは、さらに「継続審議とは何事か。馬鹿野郎」等と口々に叫び乍ら詰め寄り、同議員を中心にして二重ないし三重に取囲み、その人垣は揺れ動き演台とその前方約二ないし三メートルにあった議長ないし議会事務局長席付近を移動したりしていたが、そのころ被告人坪山忠は、右取囲んだ氏名不詳の約三〇名の同盟員および支援労組員らと共謀のうえ、同議員に対し、数分間に亘り、突く、押す、つねる、蹴る、腕を引張るなどの暴行を加え、よって、同議員に対し、全治一月半を要する全身打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人坪山忠の判示所為は、刑法六〇条・二〇四条・罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択しその所定金額の範囲内で被告人坪山忠を罰金三万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは刑法一八条を適用して金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(被告人坪山忠の一部無罪について)

被告人坪山忠に対する公訴事実の要旨は、『判示の日時、場所において、被告人坪山忠は約三〇名の反対同盟員および支援労組員と共謀のうえ、議場内に乱入し、共同して演台の上園議員を取囲み、「継続審議とは何事か、馬鹿野郎、死ね」等と叫んで脅迫し、突く、蹴る、両手を掴み左右に引張る、押す、つねる、付近の机に押しつけ、引立たせる等の暴行を加え、もって同議員の特別委員会委員長代理としての職務の執行を妨げ、その際右暴行により同人に対し全治一ヶ月半を要する全身打撲の傷害を負わせたものである。』というものであつて、検察官は、これらの行為は公務執行妨害罪と傷害罪との観念的競合の関係にあるとして起訴しているものである。ところで、本件については判示認定の通り傷害罪の成立はこれを認めたのであるが果して公務執行妨害罪が成立するか否かにつき考えるに、前記の如く、本件は議会の全体としての職務の執行を妨害したというものではなく、上園議員の個人の職務の執行を妨害したという点のみを起訴しているものであるから、以下、右上園議員の職務の執行につき検討する。

前記のとおり、本会議において議長から特別委員会委員長代理に指名された上園政夫議員が演台に立ち「委員長代理と致しまして中間報告を申上げます。特別委員会と致しましては継続審議と決定いたしておりますので、以上報告申上げます。」と発言直後被告人三名を含む約三〇名の者が議場に入り同議員を取囲んで口々に抗議をなしたものであると認められる。

右事実によれば、上園議員は、当日議長から委員長代理として指名され、特別委員会の審議結果の報告を求められ、右報告という職務の執行に当ったものであるから、同人は右職務行為については抽象的にも具体的にも権限を有し、かつ方式違反も存しないものであつて、適法な職務執行行為と認められる。そして、当日の委員長代理としてなすべきものとされた職務行為の内容は、当議会において、議会に対し、右委員会の審議結果を報告することであり、同議員の右発言内容からすれば、その報告は終了しているものと認められる。さらに、本件全証拠によるも、委員長代理の職務として引続き他に何らの執行行為の予定も認められない。

ところで、公務執行妨害罪は、公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護せんとするものであつて、その保護の対象となるべき職務の執行は、具体的・個別的に特定されることを要し、原則としてその特定された職務の執行の開始以後終了までの時間的範囲内であるが、職務の性質によつてはこれと密接一体の関係にあると認められる時間的範囲も含まれると解する。

しかしながら、本件においてはすでに本来なすべき報告は終了したと認められ、引続き他に委員長代理としてなすべき予定の職務が何ら存在しないのであるから、前記認定のとおり同議員の特別委員長代理としての職務の執行行為は、その時点において完全に終了したものと解される。そして、被告人は、同議員の右職務終了の直後に同人を取囲むなどの抗議行為に出たものであるから、刑法九五条の「職務を執行するに当り」に該当せず、被告人には公務執行妨害罪は成立しない。(最判昭和四五年一二月二二日集二四巻一三号一、八一二頁参照)

従って、被告人は公務執行妨害罪については犯罪の証明がないことになるので無罪であるが、本件は、前記のとおり本罪と傷害罪とが科刑上の一罪として起訴されているものであつて、一罪の一部が無罪の場合であるから、特に主文において無罪の言渡をしない。

(被告人森山一博、同坪山常雄の無罪について)

被告人森山一博、同坪山常雄についての各公訴事実の要旨は「被告人両名は被告人坪山忠と共謀の上前記「罪となるべき事実」の項記載の日時、場所に於て上園政夫に対し判示認定の通りの暴行を加え同人の職務の執行を妨害すると共に同人に判示認定のとおりの傷害を与えたものである」と云うにある。

ところで、本件は、共謀共同正犯として起訴されているものであるから、右被告人両名の行動を認定する前に、本件暴行行為についての共謀の成立時期につき検討することとする。

検察官は、上園議員が報告に立つた際、被告人坪山忠が右上園の報告内容に触れ「上園が継続審議と報告したら飛び込め、後は俺が責任をとる」などと叫んだことにより、傍聴席およびその周辺にいた同盟員らの間に暗黙のうちに本件犯行の共謀が成立したと主張する。

たしかに、下伊倉肇、横川典祥、瀬戸上義弘、寺園昇、原口正雄、高崎広美の検察官に対する各供述調書によれば、被告人坪山忠が上園議員が報告に立つ直前に、検察官主張の如き発言をしたとの供述が認められるが、右各供述者は、公判廷においてはこのような重要な事実につき、殆んど明確な証言をなしていないこと、また、右各供述者らは開発賛成派ないしは町の執行部であつて、供述調書作成時は事件後日時も経ていないころであり、被告人らに対し感情的な反感を有していたことも否めず、しかも当日午前中から続いていた喧騒状態の中で起つた事実につき、その時間的関係を正確に記憶していることは期待し難い事情にあつたものであるから、右各供述はにわかに採用しえないものといわざるをえない。

かえつて、第一八回公判調書中の証人伊集院和徳の供述部分・第一九回公判調書中の証人安松俊英の供述部分・証人岩重弘栄、同江川熊徳、同高吉京、被告人三名の当公判廷における各供述を総合すれば、被告人坪山忠は、当日午前一〇時前ころの議会開会前、議事堂前広場等でマイクを使用して演説等をしていたこと、また、午後二時すぎころから同四時三〇分ころまでの間議場内のマイクを使用して演説していたことは認められるが、上園議員の報告直前の時点で、発言していたとは認められないこと、被告人坪山忠を含む同盟員らは、六月二八日の特別委員会における審議結果については、反対陳情案件は採択と決定したものと信じていたものであつて、本会議において継続審議との報告があるとは全く予想せず、上園議員から特別委員会では採択しているとの報告があることを期待して、緊張して聞入つていたとの状況が認められる。従つて、被告人坪山忠がこの時点で、検察官主張のような発言をしたとは認められない。もし仮りに、被告人坪山忠が検察官主張の如き発言をしたとしても、判示認定のとおり、同盟員らは報告を聞いて、憤激のあまり、各人が自らそれぞれに上園議員に対し抗議する意思で議場に飛び込み上園議員を取囲んだと認められるものであるから、いずれにしてもこの時点で、本件暴行について、共謀即ち事前共謀が成立したとは、到底認められない。従つて、この点に関する検察官の主張は採用しえない。

次に、暴行行為の行われた現場での共謀即ち現場共謀が成立したと認められるか否かにつき検討する。

判示認定のとおり、本件暴行行為は、被告人らを先頭として、同盟員らが議場に飛び込むと同時に行なわれたものではなく、被告人らが上園議員の付近に至り抗議していたところ、同議員周辺には同盟員らが急速に集合し、人垣ができ、そのころはじめて同議員の周辺にいた何人かが同議員を押すなどの暴行に出たものであつて、そのため同議員が瀬戸上議員の机に倒れかかり、間もなく立直つたのに、同盟員らはさらに上園議員を取囲んで口々に一層激しく抗議を続行するうちに右集団が演台付近を移動しその中で判示認定の如き暴行が行われるに至つたものである。

とすると、右集団加入者は、いずれも本件暴行行為の行なわれていることを認識しうる状態にあり、しかも認識したにもかかわらず、なおも右集団の中にいて抗議を継続していたものであつて、その上、右集団に加わつた者は、いずれも新大隅開発計画に反対し、反対運動の一環として町議会へ反対陳情案件を提出し町議会でこれが採択されることを期待していたところこの期待が破られたために激しい怒りを有するという共通の情動に支配され、共に上園議員に対し抗議せんとする共通の目的を有していたと認められるものであるから、右暴行行為につき認容し、かつ互にこれを利用せんとする意思即ち共同加功の意思を有するに至つたものといいうるので、結局時間的には上園議員が瀬戸上議員の机に倒れかかる直前における暴行の行なわれた時点から上園議員を取囲んでいた集団が自然解散するまでの間、場所的には本件議場演台付近で上園議員を取囲んだ集団の中にいたと認められる範囲内の者全員につき、同時または順次的に暴行の共謀が成立したと一応認められる。

被告人森山一博については判示認定のとおり、上園議員の報告終了後、ほぼ先頭に立つて議場に入り、同議員に接近して同人に対し抗議をなし、前記認定の抗議集団に加入していたと認められる。

しかし反面、第八回公判調書中の証人上園政夫の「被告人森山は、上園議員には手を触れていない」旨の供述部分が存することに合わせて、証人岩重弘栄、同高吉京、被告人森山一博、同坪山忠の当公判廷における各供述を総合すれば、被告人森山一博は、上園議員の報告終了後直ちに先頭に立つて議場に入り、同議員に対し「何故継続審議と報告するのか」と抗議していたところ、引続いて多数の同盟員らが議場に入り、上園議員に激しく詰寄り、押すなどの暴行に出たため、同議員と共に瀬戸上議員の机に倒れかかつたが、同議員が立直つたところさらに同盟員らが取囲み抗議を続け暴行行為に出たことを認識したので、「暴力だけは振るつてくれるな」等と云い乍ら、同議員の正面に両手を拡げて立ち塞がり制止していたが、同議員の眼鏡が落ちたのでそれを拾うため屈んだところ、右集団が動いて離れていつた、との事実も積極的に認められる。さらに、鹿児島新報の写真によるも、被告人森山が上園議員の体に手をかけているとは認められず、かえつて同被告人が、右写真につき、上園議員が同被告人の腕をつかんで「こらえてくれ」と云つている時押されたので、一緒に瀬戸上議員の机に倒れかかり、右手を瀬戸上議員の机上について、左手は自己の背後に廻していた旨供述するが、右写真を詳細に検討すれば、被告人の右説明も肯認できるところである。とすると、被告人森山は、前記上園議員を取囲んだ集団に加入していたことは認められるが、右集団加入の事実のみをもつて、暴行行為を認容しこれを利用する意思があつたと認めることはできない。

他方第九回公判調書中の証人北園京の供述部分および瀬戸上義弘、横川典祥の検察官に対する各供述調書によれば、「同被告人は他二名の被告人と共に上園議員の襟首、胸倉や腕などを掴んで引張りまわしていた」旨の供述があるが、これらの供述は、いずれも、供述者が緊急の事態の中で冷静さを失い、しかも同人らは町執行部ないし開発推進派に属する者であつて被告人らに対し憤怒の余り敵対感情すら有し乍ら事態を人垣の外側から見ていたものである上、上園議員を取巻いた集団は、二重ないし三重の人垣でしかも激しく揺れ動き移動しているものであるから、右集団の中にいた各個人の具体的行為を正確に把えることは到底無理な状態にあつたものと認められ、また、右供述をなすに当つては、前掲鹿児島新報の写真を見ながら供述したことが窺われることを合わせ考慮すれば、この点に関するこれらの供述は直ちに採用し難いものと云わざるをえない。

従つて、被告人森山一博については、前記共謀に加入したとの事実は認められず、また、暴行の実行行為の立証もないことになるので、本件の傷害罪は成立しないこととなる。

被告人坪山常雄については、判示認定のとおり、上園議員の報告終了後、他二名の被告人と共に、ほぼ先頭に立つて議場に入り、上園議員付近に至り抗議をなしていたとの事実は認められるが、前記認定の如き共謀成立の時点以後も、上園議員を取囲む集団に加入していたと認めるに足る証拠はない。被告人坪山常雄は、当公判廷において、自分は抗議のため議場に飛び込んで上園議員の近くまで行き抗議したが、大勢の人達が同議員に対し口々に抗議していたので、自分の抗議は聞えないと思い、すぐその場を離れ傍観していた旨供述するが、この供述は、被告人坪山忠、同森山一博、証人高吉京の「同人らは上園議員に接近して抗議していたが、その付近には被告人坪山常雄はいなかつた」、との当公判廷における各供述、および証人江川熊徳の「被告人坪山常雄は上園議員を取囲んだ集団の外にいた」との当公判廷における供述とよく符合するものであつて、信用するに足るものといいうる。

他方、被告人坪山常雄については、同被告人が上園議員に対し、直接暴行をなしたとする証拠として横川典祥、原口正雄、江口熊則の検察官に関する各供述調書が存し、これらの調書によれば、同被告人が上園議員の腕を掴んで引張つた旨の供述があるが、右供述者らは、いずれも公判廷において、同被告人が上園議員を取囲んだ人垣の中にいたが具体的な暴行行為については集団の中のことでありわからない、あるいは記憶がない、旨供述していること、また、右各供述者らは、前記の通り興奮状態にあつたうえ、同被告人に対し感情的反感を有しており、しかも当時上園議員を取囲んだ人垣の状態からして、人垣の外部から、右集団に加入していた者の具体的行為を正確に把えることは無理な状態にあつたと認められること、さらに、同被告人は、当日の本件以後の時点で機動隊が導入された段階でのことであるが、北園町長を機動隊との交渉につかせるため、町長席から議場入口付近へ町長の腕を引張つて行つたことがあることから、この事実と混同されている可能性の強いこと、などの事情からすれば、右各供述調書は、直ちに採用しえないものと云わざるをえない。

とすると、被告人坪山常雄に対してもまた共謀の事実は認められず、同被告人につき暴行の実行行為の立証もないから、本件の傷害罪は成立しないこととなる。

なお、被告人森山一博、同坪山常雄に対し公務執行妨害罪が成立しないことも、前記一部無罪についての項記載のとおりである。

従つて、被告人森山一博、同坪山常雄に対しては、公訴事実についてはすべて犯罪の証明がないこととなるので、刑事訴訟法三三六条後段を適用して、主文において無罪の云渡をする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人亀田徳一郎は、被告人は、起訴状記載の如き犯行を行つておらず、本件は反対闘争の中で起きた多少のトラブルを犯罪視して、住民の反対運動を弾圧する目的で、ことさらに公訴提起をなしたものであつて、公訴権の濫用であるから、公訴を棄却すべきであると主張する。

ところで、公訴提起の機能は原則として検察官の独占するところでありかつ起訴・不起訴の決定も検察官の広い裁量に委ねられているところであるが、右裁量について恣意の許されないことは云うまでもないことである。従つて、全く犯罪の嫌疑の存しないことが明白である場合または起訴猶予を相当とすべき明白な諸事情が存する場合に、検察官が故意に起訴したことが客観的に明らかであるときは、公訴の提起は手続に違反するものとして判決により公訴を棄却すべきである。しかし、本件の場合、被告人に特定の犯罪行為ありとして起訴されているものであつて、検察官はこれら行為の背景をなしている志布志湾開発に対する住民の反対運動自体を犯罪として起訴したものではなく、しかも、本件証拠調の結果によつても検察官において起訴便宜主義の運用上著しく妥当を欠いているとの諸事情も認められず、公訴権が検察官に信託されている本来の目的を逸脱してこれと異なる意図のもとに行使されたとの事実も認めることはできない。その他本件公訴の提起が違法で無効となるべき事由も見出し難いことからすれば、弁護人のこの点に関する主張は理由がない。

次に、弁護人堂園茂徳は、本件犯行により上園議員が受けた傷害の程度は、受傷数日後に神戸まで旅行できる程であつたから比較的軽微であるといえるところ、本件犯行は、地域住民が自己の生活・生命を守るために止むにやまれず起した反対運動の過程で発生したものであつて、これは、県・町など当局や議会が住民の代表機関たることを放棄したことに対し、正に抵抗権の行使としてなされたものであり、また、本件に至る背景には議会側が私服警官を待機させるなど挑発的な態度をとつたことがあり、また、本件は自然発生的なものであつたことなどの事情を合わせ考慮すれば、被告人の行為は、刑罰に値する程の実質的違法性を欠いているといわなければならないし、また、刑法三五条の正当行為に該当するものであると、主張するので、この点につき判断する。

本件は、前掲本件犯行に至る経緯の項記載の如き背景のもとに発生したものであつて、被告人は、上園議員の報告をきいて、同議員は虚偽の報告をなしたとして憤激のあまり同議員に対し抗議する目的であつたことは認められるが、開会中の町議会議場において、多衆で一議員を取囲み暴行を加えるということは、抗議の範囲を逸脱しており、しかも上園議員の受傷の程度は、背部等に二三ヶ所に及ぶ皮下出血様の打撲傷で全治一月半を要すると診断されていることからすれば、その侵害された法益を軽微なものとすることはできず、被告人の判示所為は必要かつ止むを得ない範囲に止まるとはいえないものであるから、実質的違法性がないとはいえない。また、刑法三五条の正当行為に該当するものとも認められない。よつて、この点に関する右弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

被告人坪山忠の所為は、判示の如く、開会中の町議会の議場に多衆をもつて雪崩込み、報告を終了したばかりの上園議員に対し、暴行を加え傷害を与えたものであつて、その動機・背景においては一応首肯しうるところであるが、その態様は、議会制民主主義を踏みにじるものであつて、到底許されない行為であると云わざるをえない。特に同被告人においては、反対運動の指導者としてその責任は重大であるといえる。

しかし、飜つて考えてみるに昭和四六年一二月鹿児島県の発表した新大隅開発計画は志布志湾における工業開発をその基幹として、国定公園の指定を解除し、志布志湾を埋立てること、そして特に東串良町柏原地区沖合への石油コンビナートの配置を計画していたものであるので、地域住民としては、右計画案の施行によつてその生活環境の一大変革を余儀なくされること必定であるから右計画案に対し不安を抱き、反対運動を展開し、反対者を糾合し、東串良町有権者の八割強の反対署名を集めたうえ、町議会に対し請願を行い、これが採択されることを強く期待していたものである。

しかるに、特別委員会は、昭和四七年一月に本件陳情案件を町議会から付託されて以後、謂ゆる公害先進地の視察およびその報告書の作成以外に何らの積極的な調査活動もせず、また委員会における問題点の検討もなされないまま慢然と継続審議とすることを繰り返し決定しようとしていたものであつて、少くとも当時前記のように東串良町有権者の八割を超える署名をもつてなされた本陳情案件に対して真剣に取組もうとする姿勢が認められず、怠慢の謗りは免れないところである。その上、町議会は、九月定例議会において本件反対陳情案件を議事日程に加えず、同盟員らの議題への追加要求を受け入れないまま長時間を経過し、議会における審議を要求する住民の意向をことさらに無視するかの如き対応を示したのみならず、わざわざ議会事務局の一角に密室を作つて四名の私服警察官を張込ませ、機動隊の出動を要請するなど、住民側との対立を深め、住民の議会に対する不信をいやが上にも募らせたことは否定しえないところである。他方被告人を含む同盟員らは、いずれも六月二八日の特別委員会における表決結果は本件犯行に至る経緯の項に記載のごとく議事運営のあいまいさから、採択されたものと理解していたにもかかわらず、上園議員の継続審議と決定している旨の報告をきいて、虚偽の報告であると憤慨し、従来からの町議会および特別委員会に対する不信が一挙に爆発し、本件に及んだものである。その経過においては、上園議員をはじめとする議員側においても本件犯行を誘発した一半の責任が認められないわけではない。その上、本件においては、多数の共犯者中、被告人のみが処罰の対象とされていることも考慮の中に入れざるをえない。

このような事情に加うるに、被告人には全く前科前歴はなく、正業を有し、本件を除けば善良な社会人として生活している者であることなど諸般の事情を考慮すれば、本件につき被告人を処断するには、主文掲記の罰金刑をもつてなすことを相当と思料するものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 森山淳哉 小田八重子 成毛憲男)

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